最高裁判所第二小法廷 昭和39年(オ)383号 判決 1967年2月17日
上告人 国
訴訟代理人 青木義人 外四名
被上告人 有限会社愛宕商会
主文
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
本件を長崎地方裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人高橋正、同国武格、同由布惟友の上告理由について。
上告人が「上告人は、昭和三四年一一月一五日当時において、被上告会社に対し五一〇万五九三〇円の国税債権を有していたが、被上告会社は、右同日、その臨時社員総会において、資本額五五万円の減少の決議をなし、同額の出資金五五万円を払い戻した。しかし、被上告会社は、右資本減少の手続において、上告人ら債権者に対する法定の公告、催告をしていないから、右資本の減少は無効である。」と主張して提起した本件減資無効の訴に対し、原審は、資本減少による変更登記の経由されていない本件においては、減資は完了していないというべく、上告人は右登記がなされた日から六月内に訴を提起すれば足りるのであつて、本件訴は、結局、訴訟要件を欠く不適法なものであると判断し、同一の見解から上告人の本件訴を却下した第一審判決を是認した。
しかし、減資の効力は、減資実行手続が完了したときに発生するのであつて、その登記は、右効力発生の要件ではないと解するのが相当である。ところで、有限会社法五八条が準用する商法三八〇条一項は、減資無効の訴は登記をなしたる日より六月内に提起することができる旨規定している。同条項が、出訴期間の起算日を登記の日と定めた趣旨は、もつぱら、減資の無効を主張しようとする者の利益を保護する点にあり、右起算日前の訴提起を許さないとする点にあるのではないと解すべきである。したがつて、減資実行手続が完了している以上、原告適格を有する者は、減資による変更登記がなされていなくても、減資無効の訴を提起することができるというべきである。上告人が、被上告会社の減資実行手続が完了した旨主張して本件訴を提起したことは、その主張自体に徴し明らかであるから、上告人主張の減資実行手続が行われたかどうかの点につき審理判断をすべきであるのにこの点についての審理を尽さず、前記理由により本件訴を不適法とした原判決及び第一審判決には、有限会社法五八条、商法三八〇条一項の解釈適用を誤つた違法があり、論旨は理由があるものというべきである。
よつて、民訴法四〇七条、三九六条、三八八条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判官 奥野健一 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)
上告代理人高橋正、同国武格、同由布惟友の上告理由
原審判決には有限会社法五八条、一三条、商法三八〇条、六七条の解釈、適用を誤まつた違法がある。
原審判決が引用される第一審判決は、「原告(上告人)の主張するところによれば、被告会社(被上告人)は右の資本減少による登記をしていないというものであり、しかも、本件記録に綴られている被告会社の登記簿謄本(成立に争いのない甲第三号証)によれば、昭和三四年一一月一五日以降の被告会社の資本総額の変更に関する登記は、その資本総額の変更が同一社員総会における減資と増資の決議にもとづいてなされたものであるか否かはともかくとして、昭和三四年一一月一五日付で資本の総額を金一七、六六三、〇〇〇円(それまでは金一七〇万円)に変更した旨の同月二四日付登記が存するのみであり、かつ、本件記録によれよば、本訴提起の日は、昭和三六年五月一八日であることが明らかであるから、本訴は、結局、訴訟要件を欠く不適法なものといわざるを得ない。」と判示されている。この判旨はいささか明確を欠いでいるが、要するにその趣旨とするところは、次の二つのいずれかであろうと思われる。先ず、資本減少の無効の訴は資本減少による変更の登記をした日から六月の出訴期間内に限つて許されるものと解すべきところ、被上告会社が資本減少による変更の登記をしていないことは上告人の主張するところであり、また登記簿謄本によるもその登記のなされていないことは明らかであるから、出訴期間前に提起された本訴は訴訟要件を欠く不適法なものであるというのがその一つであり、原審判決が補足説示されるところもこの点についてであると推察される。次に他の一つは資本の減少と増加が同一社員総会の決議に基いてなされた等の場合には変更の登記はその増差額をもつて登記すれば足りるのであるから、資本減少の無効の訴は右登記のなされた日から六月内になさるべきところ、本訴は右期間経過後に提起されたものであるから訴訟要件を欠き不適法であるというにあると考えられる。ところが、原審判決の趣旨がそのいずれにあるとしても、そのいずれの見解も、以下に述べる如く資本減少の訴の出訴期間を定めた有限会社法五八条商法三八〇条あるいは変更の登記を定めた有限会社法一三条、商法六七条の解釈適用を誤まつた不当のものである。
一、減資登記前における資本減少の無効の訴の提起について
有限会社法五八条が準用する商法三八〇条は、資本減少の無効の訴は本店の所在地において資本減少による変更登記をした日より六月内に提起することができる旨規定している。
ところで原審判決は「控訴人(上告人)の主張する事実のとおりとすれば減資は完了していない」旨を補足説示されているが、もしその趣旨が資本減少による変更の登記未了の間は資本減少の効力を生せず、従つて本訴はその対象を欠く不適法な訴であるというにあるとすれば、原審判決は資本減少の効力発生に関し法の解釈を誤まつたものといわなければならない。即ち、資本減少の手続は、変更の登記をまつまでもなく、債権者保護手続及び株金額の減少、株式の併合または消却等の手続が終了したときにその効力を生ずるのである、このことは有限会礼の資本減少による変更登記については有限会社法五八条は変更登記の一般規定である商法六七条を準用するにとどまり、資本増加による変更登記をその効力発生要件とする有限会社法五三条の二の如き規定がないばかりでなく(仮りに資本減少の手続が変更登記により効力を生ずるものとすれば、登記事項に変更を生じたこと(商法六六条)とはならず、その変更登記は資本増加による変更登記に関する有限会社法五三条の如き特別規定のない限り不可能となるであろう)、かく解しないと株式の併合または消却が終了しあるいはすでに新株券の発行がなされているにかかわらず登記未了の間はその効力を生じ得ないこととなつて著るしく取引の安全を害することともなることから明らかなところである。従つて本件において未だ減資による変更の登記がなされていないとしても、無効確認を求めるその対象たる資本減少が未だ存在しないと解するのは正当でないというべきである。
次に、原審判決が第一審判決を引用されて資本減少による変更登記前には資本減少の無効の訴の提起は許されないとの趣旨を判示されたものとすれば、これまた有限会社法五八条商法三八〇条の解釈を誤まつたものといわなければならない。上告人は、資本減少の無効の訴は、資本減少の手続の効力発生後はその変更登記前においても提訴を許されて然るべきものと考える、ただしすでに資本減少の効力の生じている以上期間前の訴の提起を認めてもなんら支障がないばかりでなく、かように解しないと関係者に本来認められるべき救済手段が阻害されることともなりかねないからである。このことは民訴法三六六条一項但書は期間前に提起した控訴も効力を有する旨を規定していることとも対比さるべきである。この民訴法の規定は理論的には当然の規定であつて、ただ、旧民訴法四〇〇条二項が、控訴人が第一審判決の理由を見た上で慎重に考慮させようとの目的と当事者双方が控訴権を有する場合に双方の控訴を同一的に寄判できるようにしようとの趣旨から判決の送達後控訴期間中に限り控訴提起を許し、判決送達前の控訴を無効とする旨定めていたのを現行民訴法がこれを改正したため誤解を避けるための解釈規定に過ぎないのである。要するに商法三八〇条の出訴期間の定めは資本減少についての法的安定を期するためのものであつて、その終期に意味があり、従つて「資本減少ニ因ル変更ノ登記ヲ為シタル日ヨリ」とあるのは単に六月の出訴期間の起算日を示したものにとどまり、決して減資の登記以前の出訴を禁ずる趣旨のものではないというべきである。
従つて、もし原審判決が資本減少による変更の登記前に提起された本訴を訴訟要件を欠き不適法と判断されたものとすれば、原審判決はこの点において有限会社法五八条商法三八〇条の解釈、適用を誤まつたものといわなければならない。
二、資本の減少と増加とが相次いで行われた場合の変更の登記について
資本の減少と増加とが相次いで行われた場合においてもそれによる変更の登記は各別になされることを要し、その増差額により一個の変更登記をもつてこれらの登記に代えることは許されず、また仮りにそのような登記がなされたとしてもそれは実体関係から遊離した無効の登記であつて減資及び増資による変更登記の効力を認めることはできない。なんとならば、登記事項について二以上の変更事由が相次いで生じた場合にこれをまとめて一の変更登記をなすことは法の予定しないところであり、また登記手続の点からも認められないからである。たとえば有限会社の滅資及び増資による変更登記手続を定めた非訟事件手続法二〇一条の一四の準用する一八八条及び二〇一条の五によれば登記事由を証する書面として社員総会の議事録を申請書に添附することを要するのであるが、減資及び増資に関する議事録を併せても増差額の変更登記の登記事由を証する書面とはなし得ないわけであり、さらにこのことは有限会社の増資は増資による変更登記によつてその効力を生ずること(有限会社法五三条の二)を併せ考えれば一層明らかとなる。もし増差額による変更登記をもつて足りるとすれば、同額の減資と増資が行われた場合には変更登記は要しないこととなるが、増資の効力はいつから生ずることとなるのであろうか。減資及び増資はこれをそのまま登記することによつて、登記上事柄が明らかになるのであつてその増差額のみを登記するのでは、法が登記に要求する公示性を満したものといい得ないことは多くいうを待たないところであろう。
従つて、被上告会社の昭和三十四年十一月二十四日付の変更登記が本件資本減少と増加との増差額によつてなされたものであるとしても、その故をもつて右登記を資本減少による変更登記と解することはできないわけであるから、この登記の日をもつて資本減少の無効の訴の出訴期間の始期とはなし得ないのであつて、この点においても原審判決は有限会社法五八条一三条商法三八〇条六七条の解釈適用を誤まつたものといわなければならない。